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【アラベスク】  第13章 夢と希望と未来



第2節 進路相談 [10]




 太ももの上に乗せる両腕。甦るのは、ほっそりとした体躯。閉じる目の裏に浮かび上がるのは、愛しい顔。
 瑠駆真は、あんな事はしないんだろうな。アイツは頭がいい。そして冷静で思慮深い。感情に任せて美鶴を抱きしめるなんて事はしないだろう。
 そんな聡の脳裏に、まるで閃光のように蘇る光景。
 校庭で、鮮やかに美鶴の唇を奪った瑠駆真。

「僕の事も、名前で呼んで」

 美鶴を捉えてそう囁いたのも瑠駆真。
 駅舎で瑠駆真が美鶴を抱きしめる場面に遭遇した事もある。たしか、聡がバスケ部に籍を置いていた頃の話だ。
 聡の存在に気づいてもなお美鶴を腕の中から放そうとはしなかった。

「何とか言ったらどうだい?」

 大した動揺も見せずにしれっと口にする。コウの愚策に翻弄されていたあの時の自分を見下すかのような態度だった。

「練習はどうしたの? サボリ?」

 どうだ? 羨ましいか?
 そんな言葉を潜ませて嗤っているかのよう。嗤われているかのよう。
 抜け駆けだ、手の早い男だと罵る聡に殴られ駅舎の隅に吹っ飛ばされてもなお、瑠駆真は怯まなかった。

「ならなぜ、バスケ部なんかに入った?」
「まるで美鶴から手を引いたかのようだ。そう思われてもおかしくない。そうは思わないか?」

 半年ほど前の出来事が、もう何年も前の昔話にすら思える。それほどにあれ以来、いろいろな出来事が起こった。だが、それでも忘れてはいない。いつでも聡の脳裏に蘇る瑠駆真の麗姿(れいし)
 そうだ、瑠駆真の姿には品がある。たとえ激情を表に出してはいても、あるいは潜ませていても、瑠駆真には品の良さがある。自分には無い。

「美鶴との時間を僕に提供しておきながら、手は出すなだと? よく言うな? 君ならできるのか?」
「手を伸ばせば、そこに居る。邪魔者はいない。こんな状況で何もせず、美鶴のそばに居られると思うか?」

 抑え込もうにも溢れ出す情熱。

「拷問だよ」

 あの時、たしか空は暗かった。雨が降り出しそうな天気だった。

「僕にはできない。する必要もない。こんな状況を作ったのは、他でもない君なんだからね」

 壁に背を(もた)れさせて立ち上がる。

「悪いのは ――――君だ」

 悪いのは俺だ。
 ガタンッと、車両が大きく揺れる。酔っ払いがヘラヘラと尻餅をつく。
 いつでも、悪いのは俺だ。気の利いた言葉も言えず、優しくもしてやれない俺が悪い。
 あれほどの激情を胸の内に抱えている瑠駆真だが、でも脅してキスをするなんて芸当、奴はしない。
 それは、奴が品の良い王子様だからか?
 奴はいつでも冷静だ。俺よりずっと頭が良く、何をすれば美鶴の心を捉える事ができるのかわかっている。
 俺にはわかっていない。わかっていても、できない。
 夏の夜。教室の闇で俺は卑劣な事をした。
 浅はかで、醜くて、卑怯で愚か。
 でも、じゃあ俺はどうすればいい?
 堂々巡り。
 何ヶ月も、答えの出ない迷宮を彷徨っている。そんな時に進路相談を受けた。
 美鶴はどうするんだろう?
 気になった。
 進路は学校と親が決める。美鶴の母親がどんな進路を希望しているのかは知らないが、学校としてはやはり大学受験だろう。美鶴の成績は学年トップだ。合格率や進学率を意識して進路を決めてくる学校としては、美鶴は申し分ない生徒だ。
 美鶴の進路相談は昨日だった。一番最後だから遅くなる。だから駅舎へは行けない。前日にそう告げられていた。
 美鶴は、学校側からどんな提示をされたんだろう? 美鶴はそれを受け入れたのだろうか?
 美鶴が大学受験?
 いまいち想像ができない。
 そもそも、美鶴は高校へすら行くつもりはなかったはずだ。中学生の時は卒業したら働くだなどと言っていた。それが知らずに唐渓を受験し、行方をくらましてしまった。
 そうして今度は大学受験。
 美鶴、どうするんだろう? もし美鶴が大学を受験するのなら、俺も同じ道を進みたい。できれば同じ大学へ。
 今日はそれも聞きたかった。だが美鶴はぼんやりと上の空。聡たちの会話など、半分も聞いてはいなかっただろう。聞かぬまま、視線は瑠駆真へ。
 あぁ イライラするっ!
 大きく息を吸い、まるで目覚めたばかりのような仕草を装って、薄目で辺りを見渡す。向かいに座るサラリーマン風の男性が、座席に放り投げてあった地方新聞を広げた。
【唐渓高校の元数学教師に実刑判決】
 小さな記事だが、聡には目立って見えた。
 元数学教師。門浦(かどうら)の事か。
 美鶴に覚せい剤の濡れ衣を着せて殺そうとしたとんでもない奴。教師を名乗っていたのが信じられない。
 自分に学校側の進路を押し付けてくる担任だってそうだ。教師って、先生ってそういうモンなのか。大人の都合を子供に押し付けるのが仕事なのか? だから問題起こす子供が増えるんだよ。
 俺が教師だったら、絶対に生徒の味方になるな。もっと生徒の話を聞いて、夢を実現させてやるんだ。
 憤然と足を組み、再び俯く。
 学校から帰って親に進路相談の内容を見せたら、母親は嬉しそうに笑った。
「頑張りなさいね」
 やはり学校は、事前に親の意見は聞いていたのだ。そして列記された大学は、母親の希望には副っているのだ。
 気に入らない。







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